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HFコラム
2017/10/11

努力の人が遺したもの

季節は巡り、秋が訪れました。秋と言えば、芸術の秋、読書の秋、運動の秋、食欲の秋等、皆様にとってはどのような秋でしょうか。私は秋の夕暮れ、公園を散歩した後、コンサートに行くのが好きでした。いつかは世界中の音楽家にとって憧れの音楽堂であるカーネギーホールに行きたいと思っています。大富豪アンドリュー・カーネギーが改修工事費を寄付したのが、その名の由来です。 アンドリュー・カーネギーはアメリカで成功した「鉄鋼王」と呼ばれる大富豪です。出身はスコットランドです。家は麻織物工場を営み裕福でしたが、産業革命の煽りで極貧となりました。当時10歳位だったカーネギーは、貧困という狼をいつか家から追い出してやると決意しました。12歳の時、一家でアメリカへ移民した後、カーネギーの職業人生がスタートしました。経済的には貧しくても、愛情深い両親に育てられたカーネギーは一度も不幸だと感じたことがなかったそうです。大富豪になる条件とは貧乏であること、と言い切っているのが印象的です。引退後は慈善事業家としても有名ですが、富の使い方について確固たる信念を持っていました。寄付とはただ貧しい人にお金を与えるのではなく、自助努力する人達が成長し成功していけるように、その努力に応じて援助することとして、何千もの公共図書館をはじめ、大学やカーネギーホール等の公共施設へ寄付しました。また、築いた富は生きている間に自分で善用する、遺族に遺産として遺すのは恥という信念を持っていました。死後、カーネギー家の金庫にはほとんどお金が残っていなかったそうです。カーネギーの終生の思いは墓碑銘に刻まれています。その背景には、ほとんど学校教育を受けられなかったカーネギーは、まだ公共図書館が一般的ではなかった時代に個人図書館で本を借りて勉強しました。最初に本人自身の努力があり、次に人の引き立てにより出世していき、実業家となってからは人々の強みを十分に生かし切りました。このようにカーネギーの成功の特長は人々の力に支えられていました。
カーネギーは鉄鋼事業を通して鉄を安く供給することで人々に近代的な生活を提供しました。次に慈善事業を通して学びや娯楽の機会を提供しました。物質的、精神的豊かさを提供したカーネギーが最晩年に人類に遺したいと考えたのが、多くの人々が成功できる成功法則でした。カーネギーの頭の中にある経験から培った成功法則を体系化して遺すため、その事業を完成させてくれる人を長年探し続けた後、ナポレオン・ヒルと運命的出会いを果たしました。やがてヒルはカーネギーとの約束通り20年かけて『思考は現実化する』を世に上梓しました。カーネギーはその完成を見ることなく84歳でこの世を去りましたが、彼の願いの結晶である成功法則を通して、今でも人々を導いています。10歳で抱いた貧困という狼をいつか家から追い出すという思いと決意が、成功法則を世に遺すというところまで繋がっていることに驚きを禁じえません。
 
カーネギーの墓碑銘
“Here lies one
who knew how to get around him men who were cleverer than himself.”
「自分より賢き者を近づける術知りたる者、ここに眠る。」
 
2017.10.  カウンセラー 佐藤 

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