コミュニケーションツールを上手に使うために ~知識編~

メンタルヘルスを考える上でのキーワードとして、常に出てくるのがコミュニケーションです。コミュニケーションの円滑さは、より良い人間関係づくりのほか、効率よくものごとを行うためにも重要です。 新型コロナの影響で、対面コミュニケーションの機会が減り、映像と音声ツールをつかったオンラインでのコミュニケーションが増えるなど、今後はコミュニケーションツールの多様化が一層加速化していくものと考えます。効果的なコミュニケーションを行う上で、どのツールを活用するか、その選択が欠かせない要素になっています。

そこで今回は、コミュニケーションツールを上手に使うため、それぞれの特徴について考えていきたいと思います。

1.コミュニケーションツールの違いに関する研究

対面、電話、インターネットなどツールを使ったコミュニケーションの効果の違いは、インターネットが広がり始めた1980年頃から、いろいろと研究が行われていますが、その研究主張は時代を経て変わってきています。

年代.png

なぜこのような主張の変化が表れているのでしょうか。この変化には、コミュニケーションの効果を測定するための「指標」が鍵となってきます。 コミュニケーションに関する研究の中で、効果をはかる際に、「伝達感」と「伝達度」の2つの指標が使われています。コミュニケーションツールによる効果の違いを、これまでの研究結果などをベースに次の表にまとめてみました。

コミュニケーションコミュニケーションツールと効果の一覧.png

※☆の数は多いほど、伝達感、伝達度が高い。

これを見ると、人は対面コミュニケーションに対して高い「伝達感」を感じていることがわかります。つまり、会って話すことで、自らの伝えたいことが相手にきちんと伝わりやすい、あるいは伝わってきたと感じているということです。

ところが「伝達度」、つまり実際に話し手の内容が、相手にどの程度正確に伝わっているかを比較したところ、各種の研究では、「伝達感」とは逆の結果になっています。

こういった特徴から、対面の方が効果がある、インターネット(非対面)コミュニケーションの方が効果がある、といった主張がでてきていると考えられます。

つまり、コミュニケーションをどのような目的で使用するかによって、効果の有無や大小は変わってくるということです。

2.「伝達度」

コミュニケーションの目的には様々なものがあります。

 「情報収集がしたい」「事実を知りたい」「相手の気持ちを知りたい」「自分の考えを伝えたい」「相手と親密になりたい」「相手に情報を伝えたい」 ・・・etc

こういったコミュニケーションの目的によって、コミュニケーションツールの効果がどのように変化するのか、「伝達度」について考えてみましょう。

実験.png

「伝達度」に関して、このような結果になっている理由として、人間の脳の情報処理機能の特徴が指摘されています。(Walther,SlovacekTidwell,2001)(杉谷,2010

コミュニケーションツールの差は、言語、聴覚、視覚、触覚などから伝わってくる手がかりとなる情報量の差と言えますが、単に、情報量が多い方が有利というわけではありません。

その目的によっては、情報量が多いことがマイナスに働く場合もあるからです。今回の実験の場合は、対面コミュニケーションの方が、表情その他多くの情報を処理しなければならず、脳にとって非常に負荷が高く、ミスを起こしやすくなるため、結果的に記憶保持がうまくいかなかったと考えられます。

こうしてみると、内容を正確に伝えるという目的であれば、メールなどの文字情報だけで良いではないかと考えがちですが、コミュニケーションにおける情報.png実際、日々のコミュニケーションの中では、相手の表情や声のトーン、態度や目線の動きなど、五感を使って無意識のうちに多くの情報を取得しています。

こういった情報は「伝達感」に関わってきます。

3.「伝達感」

対面によるコミュニケーションの方が「伝達感(主観的なコミュニケーションの満足度)」が高いという研究結果が出ているのはなぜでしょうか。

最近の心理学、神経生理学の分野で注目を集めている理論として、自律神経に関わる新しい理論でポリヴェーガル理論というものがあります。この理論から「伝達感」について考えてみます。

■ポリヴェーガル理論(Stephen W. Porges 2017

人が環境をどのように知覚するか(安全か、そうでないかなど)によって、社会交流に関わる自律神経(腹側迷走神経複合体)のはたらきが影響を受けること

様々な研究において、対面コミュニケーションで「伝達感」が高い理由は「相手の表情が見えるから」ということが多くなっていますが、これは以下のように整理されます。

  • 人の心理状態は、腹側迷走神経複合体の作用によって顔の表情、声の抑揚にあらわれる
  • 人は相手の心理状態を推し量ろう、また自分の心理状態を伝えようという意図を持って(無意識の場合もある)、コミュニケーションに臨んでいると考えられる
  • 対面コミュニケーションでは、そういった相手の心理状態の自律神経のはたらきとも密接である

※腹側迷走神経複合体:  安心、安全と関わり、表情やアイコンタクト、声色などを読み取る無意識のコミュニケーション能力が統合され、社会や世界に対して柔軟に関わっていくことができる反応のこと

つまり、コミュニケーションにおける満足度において、人の心理状態、いわゆる「こころ」が非常に重要となってくると考えることができるでしょう。先程の「伝達度」だけを意識していては、より良いコミュニケーションになるとはいいづらいですね。

コミュニケーションツールの使い分けは、前記の表の「伝達度」「伝達感」に加えて、さらに自律神経のはたらきを加味した心理状態(感情、気持ち)を加えると、さらにその効果が高まると考えます。次回は、その軸を加え、コミュニケーションツールのそれぞれの特徴や優位性を掘り下げてみたいと思います。

(続く)


(参考資料)

Mehrabian, A. 1981 Silent messages: Implicit communication of emotions and attitudes (2nd ed.). Wadsworth, Belmont, California. (西田司他共訳「非言語コミュニケーション」聖文社)

Stephen W. Porges 2017  The Pocket Guide to the Polyvagal Theory(花丘ちぐさ訳「ポリヴェーガル理論入門」春秋社)

杉谷陽子 2008 電子メディアによる情報伝達の研究 : コミュニケーションにおける非言語的手がかりの役割

杉谷陽子 2010 インターネット・コミュニケーションと対面コミュニケーションにおける情報の伝わり方の差異についての意見書

Walther, J. B., Slovacek, C. L., & Tidwell, L. C.  2001 Is a picture worth a thousand words? Photographic images in long-term and short-term computer-mediated communication.

前へ

違う価値観との付き合い方

次へ

仕事のパフォーマンスとテンションを高めるための3つの工夫